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金沢地方裁判所 平成元年(行ウ)3号 判決 1992年4月24日

原告

株式会社源

右代表者代表取締役

源浩

右訴訟代理人弁護士

内山弘道

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

長谷川恭弘

外一五名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一被告が起業者として施工する一般国道八号改築工事(金沢バイパス松島交差点改良)のためになされた原告所有の別紙物件目録三及び六記載の各土地の収用並びに原告所有の同目録二及び五記載の各土地の使用による損失補償に関し、平成元年二月六日石川県収用委員会がなした損失補償額八八八万五二七五円との裁決を、一億五七九八万一八二五円と変更する。

二被告は、原告に対し、一億四九〇九万六五五〇円及びこれに対する平成元年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、金沢市内の一般国道八号沿いの所有地に店舗を設け、主として自動車の乗員を対象に土産品等の販売を行っていた原告が、同所付近の交通渋滞を緩和するため原告所有地前付近の右国道の一部を高架道路とする工事を行い、これに伴って原告所有地の一部を道路の幅員拡張の目的で収用等をした被告に対して、右工事によって店舗前の自動車の通行量が減少して顧客も減少したため、営業の廃止を余儀なくされたとして、土地収用法(以下「法」という。)一三三条に基づき、石川県収用委員会がした裁決の変更と共に、被収用地に対する増額補償と、廃棄した店舗及び残地である原告所有地の価格低落分の補償を求めた事案である。

一本件収用等に至った経緯について

1  原告は、富山市に本社及び工場を置き、富山県の名産品である鱒ずしを中心とする種々の食品を製造販売している会社であるところ、原告の製造する鱒ずしは、各地のデパート等で開催される駅弁大会で優勝したこともあり、全国的にも知名度が高い。

原告と同一資本系列の会社である訴外東宏産業株式会社(以下「訴外会社」という。)は、昭和五二年、別紙物件目録一ないし七記載の各土地(同一ないし三の元地の地番は「一四二番」であり、同四ないし六の元地の地番は「一四四番」である。以下「本件土地」という。)を取得し、次いで昭和五三年、同土地上に店舗(以下「のれん会館」という。)を設置して、主に同土地前の一般国道八号を通行する自動車の乗員を対象として原告の主力商品である鱒ずしの外石川県下の名産品等を販売していたが、昭和五五年、同会社から原告が本件土地とのれん会館の建物その他営業権等を取得し、それ以降原告がのれん会館の営業を行っていた。

2  ところが、そのころから、被告は、一般国道八号のうち金沢市古府町東地内から同市神野町東地内までの延長九一〇メートルの区間について、同区間内に存する松島交差点及び松島北交差点付近における慢性的な交通渋滞の緩和をはかるため、その下り線を立体化(一部車線の高架化)し、併せて同国道の上下線に挟まれる形で高架道路として設置されている高速自動車国道北陸自動車道(以下「北陸自動車道」という。)の金沢西インターチェンジヘ通ずるアクセスランプ延長三七四メートルを改築するとともに自転車歩行者道を設置する工事(以下「本件改築工事」という。)を計画した。

3  そこで、被告は、昭和五六年、地元関係者に対して本件改築工事の計画説明を行って用地取得に着手し、原告に対して別紙物件目録三及び六記載の各土地(以下「本件収用地」という。)の買収と同目録二及び五記載の各土地(以下「本件使用地」という。)の使用を申し入れ、協議を重ねたが、合意が成立しなかった。このため、被告は、土地収用法に基づき、本件改築工事について昭和六二年一〇月一二日付けで建設大臣あてに事業認定の申請を行ったところ、同年一二月一四日付け建設省告示第二一〇九号をもって事業認定の告示がなされたので、同法に基づき昭和六三年六月二七日、石川県収用委員会に対して収用及び使用の裁決の申請並びに明渡裁決の申立てを行った。

4  石川県収用委員会は、平成元年二月六日、右申請を認容した上、原告又は訴外会社に対し損失補償として、(1)本件収用地に対する補償四九二万一六九〇円、(2)本件使用地に対する補償一万〇六八五円及び(3)工作物移転補償三九五万二九〇〇円の合計八八八万五二七五円を支払う旨の裁決を行い(以下「本件裁決」という。)、金沢地方法務局昭和六三年度金一〇一八号をもって右金額を供託した。

5  そこで、被告は、本件裁決に基づき、同月二〇日をもって本件収用地を取得して本件改築工事を進め、同工事は同年一〇月一応の完成をみたことから、同月三一日、同工事に伴う高架道路の供用が開始された。

6  なお、原告は、平成二年四月にのれん会館の営業を廃止し、次いで平成三年一二月、のれん会館の建物を取り壊した。

(以上の各事実は、当事者間に争いのない事実に、<書証番号略>、証人吉川静男の証言、原告代表者尋問の結果及び検証の結果を総合してこれを認める。)

二本件の争点

1  本件収用地に対する補償金額の相当性

(一) 原告の主張の要旨

本件裁決は、事業認定告示日における本件収用地の価格を、一平方メートル当たり一六万二〇〇〇円と評価して、これに収用面積30.08平方メートルと時点修正率をそれぞれ乗じ、その補償金額を四九二万一六九〇円と算出したものであるが、近傍類似の取引価格と比較すると、本件土地の時価は、低めにみても一平方メートル当たり二四万二〇〇〇円以上であり、したがって本件収用地に対する補償金額は、少なくとも七二七万九三六〇円が相当であるから、その不足分について土地収用法六八条に基づき増額補償を求める。

(二) 原告の主張に対する認否及び被告の主張の要旨

本件裁決が事業認定告示日における本件収用地の価格を一平方メートル当たり一六万二〇〇〇円と評価して、これに収用面積30.08平方メートルと時点修正率をそれぞれ乗じ、その補償金額を四九二万一六九〇円と算出したものであることは認め、その余は争う。

被告は、部内において、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」等の通達、訓令に基づいて、それらに定められた標準地比準評価法に従い、本件収用地の評価試算を行うとともに、不動産鑑定業者に本件収用地の鑑定を依頼して、その結果をも総合勘案し、本件改築工事の事業認定告示日である昭和六二年一二月一四日の時点における本件収用地の価格を一平方メートル当たり一六万二〇〇〇円と査定し、この評価額に基づいて、石川県収用委員会に対して収用及び使用裁決の申請並びに明渡裁決の申立てを行った。これに対して、石川県収用委員会は、権利取得の時期を平成元年二月二〇日として、右裁決申請の見積額に法七一条の規定に基づく物価の変動率に応じた修正率1.01を乗じて得た金額を補償金額として、本件裁決を行ったものである。

したがって、本件収用地に対する補償金額は、その算出過程に何らの問題もなく、適正に求められたものである。

2  のれん会館の営業継続不能による建物廃棄補償及び残地補償の可否

(一) 原告の主張の要旨

(1) のれん会館で買い物をする顧客は、そのほとんどが自動車の乗員であるが、これを大別すると、①一般国道八号で石川県松任市、福井市方面に向かう車、②一般国道八号を利用して北陸自動車道に入る車、③県道金沢美川小松線(野田専光寺線)から右左折して北陸自動車道に入る車、④野田専光寺線から松任市方面に向かう車の四つに分類できるところ、右①及び④の車は主として地元客、②の車は主として能登方面の観光客、③の車は主として金沢市内の観光客であり、④の車は他に比較して少なかった。

ところが、本件改築工事によってのれん会館前に高架道路が設置され、右高架道路とのれん会館の間には副道が設けられたものの、右①ないし③の車はそのほとんどが高架道路を通行し、これらの車がのれん会館の敷地に進入することはほとんど不可能になった。このため、④の車だけがのれん会館の敷地に進入できることとなるが、その交通量は少なく、その売上げに占める割合も少ない。

(2) 右のような事情から、本件改築工事に伴う高架道路の供用開始以降のれん会館を訪れる顧客が激減してその営業を継続することができなくなり、前記のとおり平成二年四月、のれん会館の営業を廃止し、次いで平成三年一二月、その建物を取り壊した。そこで、法六八条に基づき、建物廃棄補償三五五〇万六〇〇〇円の支払を求める。

(3) また、本件改築工事の完成により、本件土地から本件収用地を除いた原告所有地(以下「本件残地」という。)は、沿道サービスには不適となり、その評価額が相当低下することが明らかであるところ、本件残地の価格は、少なくともそれ以前と比較して三分の一程度に低下すると考えられるので、法七四条に基づき、本件残地に対する減価補償一億一一二三万二八八〇円の支払を求める。

(4) なお、右(2)及び(3)において原告が主張するのれん会館の建物を廃棄したことによる損失と本件残地の価格が低下したことによる損失は、講学上いわゆる事業損失ないし起業損失(以下「事業損失」という。)と呼ばれるものであるが、土地を収用する以上それは必ず一定の事業に供されるものであり、その事業によって生ずる事業損失は、たとえ間接的なものであるにせよ、収用に起因した損失であることに変わりはないから、事業損失も被収用者として受ける損失ということができ、土地収用法上このような事業損失も損失補償の対象となるというべきである。

(二) 原告の主張に対する認否及び被告の主張の要旨

(1) 本件改築工事によって本件土地前の一般国道八号が幅員五メートルの副道と幅員2.5メートルの自転車歩行者道を除いて高架道路となることは認めるが、本件改築工事完成後は原告の主張するのれん会館で買い物をする顧客のうち、前記①ないし③の車がのれん会館の敷地に進入することが不可能となり、同④の車だけがのれん会館の敷地に進入することができることとなることは否認し、その余は不知ないし争う。

(2) そもそも、のれん会館の建物を廃棄したことによる損失と本件残地に生じた損失は、原告が主張するように、土地を収用することによって直接生ずる収用損失ではなく、せいぜい事業損失にあたるにすぎないというべきところ、事業損失は、一般に残地に限って生ずるものではなく、収用の対象とならない近傍の土地にも同様に生ずるものであり、収用委員会の行う裁決時にその損失を確定することが困難であるから(法一〇〇条一項参照)、これを損失補償の対象とするかどうかは立法政策の問題と解すべきであり、法七五条は、事業損失に属する損失のうち特に一定のものに限って補償すべきことを明らかにしたものである。

また、土地収用法上の損失補償制度において、その補償されるべき損失とは、権利ないし社会経済上権利と認められる程度まで成熟した慣習上の利益についての損失と解すべきところ、原告がのれん会館を営業することによって受けていた利益は、同店舗が従前一般国道八号に全面的に面していたことによって享受してきた反射的利益にすぎず、かかる原告の営業上の利益等が本件改築工事の結果失われることとなったとしても、土地収用法による損失補償の対象となるものではない。

(3) なお、本件収用地は、原告が営んでいたのれん会館の北側の駐車場のうち前面道路に面したごく一部分であり(その面積は30.0平方メートル)、同店舗の敷地である本件土地(その面積は一四〇九平方メートル)全体に占める割合は、わずか二パーセント余りにすぎず、本件土地から本件収用地を除いたとしても、その形状にはほとんど変化はない。しかも、本件残地は、前記のとおり本件改築工事の後においても高架道路と直接接するものではなく、副道を経由することによってのれん会館の敷地に自動車が進入することは可能であるから、本件残地に損失が生じたものとはいえない。

第三争点に対する判断

一争点1(本件収用地に対する補償金額の相当性)について

1  本件裁決における補償金額が決定された経過について

<書証番号略>及び証人吉川静男の証言によれば、次の(一)ないし(三)の各事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 一般に被告が公共事業のために私人所有の土地を収用する場合、まず部内(本件では建設省北陸地方建設局及びその下部組織である金沢工事事務所)において、後記の通達、訓令等に基づき収用する土地の評価試算を行うとともに、公平を期するため、これとは別個に外部の業者に収用する土地の鑑定評価を依頼し、その結果をも考慮して収用する土地の補償金額を査定して、これに基づき収用裁決の申請を行うことになっている。

(二) 本件において、被告は、土地収用に関する基本的通達、訓令である「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(<書証番号略>)、「建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準」(<書証番号略>)、「建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失保障基準の運用方針」(<書証番号略>)、「土地評価事務処理要領」(<書証番号略>)及び「土地評価事務処理細則」(<書証番号略>)等に従い、本件改築工事の事業認定告示日(昭和六二年一二月一四日)の時点における本件収用地の評価額を標準地比準評価法によって求めることとし、同手法により、一定範囲の区域を用途的観点と地域的特性に着目して、同一状況地域として区分し、この区域に一つの標準的な画地(標準地)を選定し、取引事例比較法によって近隣の取引価格を収集検討し、この取引価格を鑑定評価(<書証番号略>)によって地価上昇率に応じて時点修正し、事例地と標準地との地域的要因及び個別的要因の比較を行って標準他の評価を行い(一平方メートル当たり一六万五〇〇〇円)、この標準地価格から土地評価比準表(<書証番号略>)に基づき、標準地と本件収用地との個別的要因の比較を行うなどの作業を経て、本件収用地の評価額を一平方メートル当たり一六万二〇〇〇円と算定した。

また、被告は、右のような部内の評価試算とは別個に、金沢市及び福井市の二不動産鑑定業者に本件収用地の鑑定評価を依頼したところ、この鑑定評価(<書証番号略>)においても、本件改築工事の事業認定告示日(昭和六二年一二月一四日)の時点における本件収用地の評価額は、一平方メートル当たり一六万二〇〇〇円であるとの結論が出された。

そこで、被告は、本件改築工事の事業認定告示日(昭和六二年一二月一四日)の時点における本件収用地の評価額を一平方メートル当たり一六万二〇〇〇円と査定して、これに基づき、昭和六三年六月二七日付けで石川県収用委員会に対して収用及び使用裁決の申請並びに明渡裁決の申立てを行った。

(三)  石川県収用委員会は、昭和六三年八月二六日から同年一一月二四日までの間三回にわたって審理を行い、その中で原告と被告の双方から意見を聴取するとともに、独自に二不動産鑑定業者に対して本件収用地の鑑定評価を依頼したところ、この鑑定評価(<書証番号略>)においても、本件改築工事の事業認定告示日(昭和六二年一二月一四日)の時点における本件収用地の評価額は一平方メートル当たり一五万八〇〇〇円ないし一五万九〇〇〇円であるとの結論が出されたため、法四八条三項の規定に従い、被告の申立てにかかる前記価格を採用し、これに法七一条の規定による物価変動率に基づく土地価格修正率1.01を乗じて、本件裁決額を決定した。

ところで、前記(一)及び(二)のような経過のもとに被告が部内において算定した本件改築工事の事業認定告示日(昭和六二年一二月一四日)の時点における本件収用地の評価額(一平方メートル当たり一六万二〇〇〇円)は、前記通達、訓令等に基づき算定されたものであって、その評価手法は合理的なものと認められる。また、被告が本件収用地の評価に当たって参考とした前記各鑑定評価書(<書証番号略>)は、いずれも被告の内部的検討とは別個に他県業者も含めた一般不動産鑑定業者によって出されたものであり、その評価手法は、取引事例比較法及び収益還元法を基本として、これに地価公示価格との規準を行って適正評価額を求めるというもの(ただし、<書証番号略>の鑑定評価書は、これらの方式により近隣地域の標準画地の価格を求め、この標準画地と評価対象地とを比較することによって個別格差を修正し評価対象地の価格を算定する方式をとるのに対して、<書証番号略>の不動産鑑定評価書は、右の三手法から直接評価対象地の価格を算定する方式をとっている。)であって、合理的なものであり、その評価過程にも特に不合理な点は見当たらない。

更に、石川県収用委員会が独自に二業者に依頼した結果得られた前記各不動産鑑定評価書(<書証番号略>)も、公示価格を規準とした価格に取引事例比較法及び収益還元法によって求めた価格を総合して(ただし、<書証番号略>の不動産鑑定評価書は、更にこれらの方式によって近隣地域における標準的使用における標準価格を求め、本件収用地についてはその個別的要因に基づき四パーセントの減価を行っている。)、本件収用地の評価額を算定したものであって、その評価手法は合理的であり、その評価過程にも特に不合理な点は見当たらない。

2  当裁判所の鑑定の結果について

当裁判所の鑑定の結果は、本件改築工事の事業認定告示日(昭和六二年一二月一四日)の時点における本件収用地の評価額を一平方メートル当たり一六万円と判断するものであるところ、その評価手法は、前提として、過去の時点における鑑定評価の手法として、過去の時点における取引事例等の資料により直接求める方法(直接法)を採用した上、本件が既成市街地における更地の評価である点に鑑み、取引事例比較法及び収益還元法を適用して近隣地域の標準価格を求め、これに評価対象地である本件収用地の個別的要因(接面道路、地勢、形状)を考慮して、九七パーセントの価格修正率を乗じその評価額を算定したものであって、合理的なものであり、その評価過程にも特に不合理な点は見当たらない。

3 以上1及び2のいずれの検討結果に照らしても、本件裁決が本件改築工事の事業認定告示日(昭和六二年一二月一四日)の時点における本件収用地の評価額を一平方メートル当たり一六万二〇〇〇円と評価した上、権利取得日までの時点修正を行って本件補償額を決定したことは適法かつ相当なものであったと認められ、他に右判断を覆すに足りる証拠はない。

二争点2(のれん会館の営業継続不能による建物廃棄補償及び残地補償の可否)について

1  事業損失が法六八条、七四条によって補償の対象となるか否かについて

土地の収用とこれに引き続く公共事業の施行に伴って残地に生ずる損失は、土地の収用それ自体によって直接生ずる収用損失と、土地の収用それ自体ではなく、収容された土地の上でその目的たる公共事業が行われることによって初めて生ずる事業損失とに二分できることは一般的に承認されているところ、残地に関する前者の例としては、土地収用によって残地が不整形になったり、面積が過少となったりしたことによって価格が低下した場合の損失を挙げることができる。

本件で原告が主張する損失、すなわち本件改築工事による高架道路の完成により、のれん会館の営業継続が不能になったことを原因とした建物廃棄による損失と残地が沿道サービスに適さなくなったことによる価格低下による損失は、土地収用そのものによる効果ではなく、事業に起因して生じたものと考えられるところ、被告は、そもそも法六八条、七四条は事業損失を補償の対象としていない旨主張するので、まずこの点について一言する。

一般に、土地収用そのものによって直接的に損失が生じたという関係がなくとも、収容された土地においてその目的たる公共事業が展開されることにより、利用方法に制約を受けるなどして残地に関する損失をもたらす場合のあることは否定できないところ、およそ土地収用は、特定の公共事業のために行われるものであって、両者は密接不可分の関係にあるから、後者のような損失についても「土地の一部を収用し、又は使用することに因って」生じた損失ということができる。

そして、このような事業損失を補償することによって収用に至らなかった近傍第三者との間の不均衡を招くとしても、土地収用法は、収用を受けた者は原則としてこれにより生じたすべての損失について補償を受ける権利を有するとの理念、すなわち起業者と被収用者との公平をより重視する立場をとっていると見られうるから、右のような事態は法自体が許容していると考えられる。

また、みぞ、かき、さく等の工作物について補償することを定めた法七五条は、事業損失のうちで補償されるものを特に列挙した限定的な規定と解する必然性はないし、起業利益との相殺禁止を定めた法九〇条についても、当該事業が残地の価格にもたらす影響のうち利益と損失とを明確に区別することができない場合には、これらを総合的に勘案することができるとの見解(最高裁昭和五三年オ第六一五号事件・昭和五五年四月一八日第二小法廷判決参照)をとれば、少なくともその限度では被収用者に二重の利得を与える結果となるとの批判は免れよう。

以上のとおり、一般的に事業損失であることを理由に損失補償の対象から外すことは相当でないと判断する。

2  原告の主張する損失が補償の対象となるか否かについて

(一) <書証番号略>及び検証の結果によると、本件改築工事の完成によって本件土地付近の道路の形状は、おおむね別紙「松島立体完成イメージ図」記載のとおりとなったものであり、この結果、交通の状況に関して次の事実が認められる。

一般国道八号を富山方面から福井方面に向かい西進する自動車は、従来と同様、外側車線を走行して松島北、松島の各交差点に至り、さらに本件土地付近に設置された幅員五メートルの副道を経て松任市方面に進む方法の外、松島北交差点の手前付近から中央寄りの車線を走行して高架道路に入り、右各交差点の上空を通過して本件土地付近で右副道に合流する方法をとることができるようになり、後者の方法によれば右各交差点付近における渋滞を避けることができる。

また、一般国道八号から北陸自動車道に入るには、松島交差点付近に設置してある入口から金沢西インターチェンジに通ずるアクセスランプに進入する方法と、本件土地付近において高架道路から分離してアクセスランプに進入してゆく方法とがあり、金沢市内方面からの自動車は前者を、一般国道八号を富山方面から走行してきた自動車は後者を利用するものが多い。

そして、右高架道路やアクセスランプを通行する自動車がのれん会館の駐車場に進入しようとすると、前記副道を鋭角的に横切る必要があるので、実際上は著しく困難となっており、特に一般国道八号を西進する自動車がのれん会館で買い物や食事をしようとする場合には、従前のように、地上を走行して各交差点を通過し、さらに副道を経由する(そして最後に副道に沿って設置してある幅員2.5メートルの自転車歩行者道を横切って駐車場へ入ることになる。)方法をとらねばならないことになった。

(二) 以上を前提として、まずのれん会館の営業継続不能による建物廃棄の損失について検討するに、原告は、右営業継続不能の状態に至ったのは本件改築工事によって本件残地の前を走行する自動車の交通量が減少したからであると主張しているところ、<書証番号略>、原告代表者尋問の結果中にはこれに沿う部分がある上、前認定の交通の状況に照らせば、本件改築工事によってのれん会館前の副道を走行する自動車の数が減少し、これに伴ってのれん会館の駐車場へ進入してくる自動車の数も相当数減少したであろうことは容易に推測できるところである。

しかしながら、損失補償は、あらゆる損失に対してなされるべきものではなく、法的な保護に値するものとして一般的に承認された権利、利益の喪失に至った場合に行われると解されるところ、一般に公道の設置管理者は、当該公道を一般公衆の通行に適した状態に維持、管理する義務を負担しているにすぎないのであって、公道に面した土地の所有者に対して一定量の自動車の通行を保障する義務を負担するものではないから、その反面として、右所有者は沿道サービス業を成立させうる程度の自動車通行量の確保について特定の権利、利益を有するものではないと解するのが相当である。

すなわち、従来、原告が本件土地において沿道サービスを目的とするのれん会館を経営し得ていたのは、被告が一般国道八号を公衆の通行の用に供し、多数の運転者が当該道路を利用していたことの反射的な効果というべきであって、今回、被告が、従来のように地上を走行する方法に加えて、高架道路を走行する方法を運転者に提供したことにより、のれん会館の駐車場に進入する自動車の数が減少したとしても、右は運転者の多くが交差点における渋滞を避けようとしてより便利な後者の方法を選択している結果にすぎないから、このような反射的な営業上の利益の損失は、補償の対象となるものではないと解すべきであり、このことは、仮に被告が一般国道八号の一部を高架化した本件改築工事のような方法によらず、他にバイパスを開設することによって当該道路の混雑を解消した場合との比較、均衡からいっても合理的である。

したがって、通行量の右減少が原因となって原告がのれん会館を廃棄せざるを得なくなったとしても、これによる補償を被告に求めることはできないというべきである。

(三) 次に、残地の価格低下について検討するに、前記のとおり、本件収用によっても残地の不整形や面積の過少化をもたらしたことはない(<書証番号略>によると、のれん会館の敷地及び駐車場として使用していた本件土地の総面積は役一四〇九平方メートルであるところ、本件収用地のそれは30.08平方メートルにすぎず、その割合は二パーセント強にすぎないこと、本件収用地は本件土地の一般国道八号に面した細長い部分であって本件土地から本件収用地を除いたとしても、その奥行きに約1.3メートルの減少をもたらすにすぎないこと、以上の事実が認められる。)ので、本件収用による直接的な価格の低下は認める余地がない。

そこでさらに事業による残地価格への影響について検討するに、前認定のとおり、本件改築工事の完成によって、一般国道八号を西進する自動車の相当数が交差点の渋滞を避けようとして従前のように地上を走行せず、高架道路を走行する結果、のれん会館の駐車場に進入する自動車の数が減少したものの、なお本件土地は高架道路に直接接しているわけではなく、一般国道八号の一部を構成する幅員五メートルの副道(及び同2.5メートルの自転車歩行者道)に面しているから、予めのれん会館の駐車場へ進入しようとする意思を有する自動車運転者にとって、本件改築工事は支障をもたらすものではなかったということができる。

かえって、<書証番号略>によると、測定時期は異なるものの、本件改築工事以前においては、松島北交差点における最大渋滞長は一五九〇メートルであり、最大通過時間は一八分に及んでいたのに対し、供用開始後は、副道利用の自動車の最大渋滞長は四〇メートル(高架道路については渋滞なし。)、最大通過時間は二分未満に短縮されるという顕著な渋滞緩和の効果が生じていることが認められる(後記のとおり、鑑定の結果によると、本件土地の周辺地域は、金沢西インターチェンジヘの近接性とあいまって流通関連業務地域としてのますますの成熟性が予測されていることが認められる。)

そうすると、本件残地は、本件改築工事によって沿道サービス業用地としての利用方法にある程度の制約を受けたといえようが、反面、地域全体としてその用途が拡大、充実したものということもできるところ、残地の価格に及ぼすこれらの影響は明確に区別できないので両者を総合的に勘案すると、本件残地について価格の低下を肯認することは困難といわざるを得ず(現に、鑑定の結果によれば、本件改築工事完成による一般国道八号の一部高架化は周辺土地にも等しく影響を与える地域的要因として把握することが妥当であるとして、これによる交通渋滞の緩和を起因とする物流基地としての立地性の向上や背後地域での熟成などを斟酌した結果、本件事業認定公告日である昭和六二年一二月一四日における本件土地の価格を一平方メートル当たり一六万円、高架道路の供用開始日である平成元年一〇月三一日におけるそれを一八万四〇〇〇円と各評価しているところ、右上昇率は、地価公示価格や市街地価格推移指数等の公的評価の変動率と近似していることが認められ、本件改築工事による残地の価格低下の事実を否定する結果となっている。)、他に原告主張の価格低下の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

三結論

以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官加藤幸雄 裁判官高橋善久 裁判官伊藤知之)

別紙物件目録<省略>

別紙一般国道八号金沢地区環境対策事業松島立体完成イメージ図<省略>

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